笑顔のポラロイド

映画『ガチ☆ボーイ』の主人公・五十嵐は記憶障害で…
脳に記憶が残らないので、その代わりに
ノートに記して残し 憶える。ポラロイド写真と共に。

この映画、いいシーン多くて一つ一つ挙げたらキリないけど
“よく出てくる いい場面”として、五十嵐の写真撮影があります。
(ネタバレではないかもだけど…まだ映画見てなくて
あまり余計な情報入れたくない方は是非、見てから読みに来てね!?)

彼は、とにかく撮りまくる。ポラロイドでカシャッと。
なにが いい って、彼の笑顔♪
そう。ちゃんと自分も写るのです。みんなと共に。笑顔でニカッと。

私は写真に写るのが苦手な人間なので、もし私だったら
自分は写さず、憶えたい相手・対象だけ写すかも??
なんて思ったりもしたのですが…
自分の記憶に自分がいない というのは、やっぱ さみしいかも。
私は、記憶力が悪いとはいえ、いちおう記憶は残るから
それで自分をわざわざ残そうとまでは思えないだけ?
自分の内側のこと、残って当たり前と思ってるから
わざわざそれを「呼び起こす」自分の姿(外側)を
いちいち撮る(残す)必要はない!(自分の容姿好きでないし)
そんな発想・感覚になってるだけかもしれない…

自分の気持ち(内側)は、残したいなら
文字にして記せば十分 なんて感じてしまうけど、
その時の自分の姿、
「自分が そこにいた」を、写真で残す
というのは 実に、とても自然なことで
これは、別に記憶障害のあるなしには関係ないかも
そんなことを思いました。

残すなら、笑顔で。というか、
生きてるのが嬉しくてたまらない
楽しくてたまらない という自分がいるのを感じた時、
彼はシャッターを押したくなるのかもしれない。
だから、当然 笑顔♪

真の姿が写るからこそ、写真。
自分の目で自分の顔を見ることはできない。
だから鏡とか写真とか 何かに 自分を うつして
人は自分の姿を 見る。
自分を 自分の外に うつす。
姿を写真にして 心を文字にして そこに 残す。


じ~んときた ある場所でのシーン。彼の笑顔が なんとも…。
その時、彼は写真は撮れない。そんな所です(湯煙に巻いた書き方?…笑)
その場所にて、ある日みんなと こっそりワイワイ過ごし。後日は二人で。
どちらも いいシーン いい時間なのですが…
翌日には、彼は 忘れている。
ノートに文字で記すことはできたとしても、
そのまんまの言葉にしきれない姿は残らない。
文字で残す、といっても限界があるだろうしね…
切ない笑顔。でも、いい笑顔のシーン。彼と、彼の いい相方・相棒と。
あと もう一人 ちょこっと(笑)
二人は知らないだろうけど、そこには(そばに)いらっしゃいました。
ホントいいシーンでした(ポラロイドでは残らないけど)。
映画でないと見られません!
感じられません! あの空気感というか…言葉にできないイイ感じ♪


写真。というか写真に自分が写ること。私も前より好きに…?
やっぱ写すなら 笑顔で♪


五十嵐の姿、生きる姿勢。彼の周りの人々の姿…
みんなの笑顔 見るべし☆


ポラロイドというのが またイイです♪
ふーふー とするのが、また なんともフフフ(*^。^*)です。

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