久々に書きます☆

最近、嬉しいこともありますが、反省することも多いです。


まず、ありがたいコメントを頂戴したので、そのことに関連して書きます。

以前、何度か「ニート」について書きました。
ニートには可能性があるぶん、今ある価値観・発想に縛られず、
意外な発想も含めて 何でも試みてチャレンジするのがいいのではないかと
私自身に対する想いもあり、かなり無茶苦茶なことを書いたと思っています。
批判は覚悟の上で書いたのですが、
わざわざコメントしてくださる方は少なくて…

「ニート」を含むキーワード検索からのアクセスがそれなりにあり、
アクセス数の少ない私のブログの中では
(ヒット曲について書いた記事を除くと)
特に「参照数」が多いのがニート関連の記事です。

それだけ関心の高い事について触れているのに
共感がないのは当然として、批判がないのは

私の文章は、批判すらされる価値がない文章だ

と思ったりしていました。

批判されたからといって、価値があるとはいえないけど
少なくとも、ページを表示しただけでなく
「読んでくれた人がいる」ことがわかったし、
しかも、ちゃんと読んでくれて、ちゃんと批判までしてくださったことが
本当に嬉しかったです。

何かしらが伝わったこと、
受け取ってくれた人がいることが有難いです。


私自身は、とっくに ニートの定義の年齢を超えていますし、
自分をニートとして語ったとしても、
ニートの人から見れば、ニートですらない存在で、
日々お仕事を頑張ってる方から見れば、ニートより価値がない存在かもしれません。

本当は、

仕事も肩書きも何もなくても、
数は多くなくても自分の周りの人々を大切にし、
その人達から必要とされるような生き方をしていれば…
つまり、どんな形であれ
人とちゃんと交流し、自分自身やりがいを感じることができれば
それで構わないのでは?

ということを、自分自身をさらすことで伝えてみたいと思っていました。

けれど、それを投げ出しかけてました。


私は現在、地元の社会福祉協議会が提供している
在宅福祉サービスの協力会員になっています。

結局、何も肩書きがないのは、とても苦しい…


自分の弱さを思い知ってます。


いくら他に、
自分に ちゃんと やりがいのあることがあったとしても

それを気軽に人に話すこともできず、
独りで悩みを抱え、相談することもできないまま
「それだけ」をし続けるのは

私には無理でした。


結果的に、協力会員の活動を始めたことは、
出会いに大変恵まれ、
いろいろと自分にとって非常にプラスになっています。

時間も日数も少ないし、仕事ではありませんが、
謝礼をいただくこともできるので
そのことも単純に嬉しいです。

直接、人と触れ合える。
顔を見て話せる。その人の笑顔を見ることができる。
自分の顔を見てくれる。一緒に笑いあえる。

たまたま知り合った方と、そのような時間を持てる有難さ。


「直接」とは言えないかもしれないけれど、
このブログでも
たまたまステキな人と出会えて
一緒に おしゃべりできたり、笑ったりできて
それは とっても嬉しいことだし、
そういうことをしたくて このブログをやっています。

でも、ネット上で、たとえ たくさんの人と出会えたとしても

やっぱり、直接
自分の目で相手の表情を見ることができたり
自分の耳で声を聞くことができたりすること無しでは

人間は生きてゆけない。

目が見えなくても、耳が聞こえなくても、
直接 触れ合える人間がいないと
人間は生きてると言えないかもしれないです。

だから、そういったことをしつつ、

例えば
ネット上で何かするとか、ネットを利用して人と交流するとか
そういうことをするのは構わない、と感じています。


とはいえ、ネットでの人との交流が きっかけ となり、
自分の気持ちが広がり、
ネットでなく、直接的な人との交流を求める気持ちが
芽生えるかもしれないし…


「仕事をする」というのは、人として当たり前のことだと思います。
だけど、もっと自然で当然のことは、

人は人と交流するイキモノで、

その交流を

うれしい 楽しい 好き ありがたい

と感じられるのが、

人が人として「生きている」ということだと実感してます。


それこそ、涙が出るほど

うれしい 楽しい 好き ありがたい といった感覚は、

心からの交流、本気の交流で感じられるもので

本当のもの ではないかと思います。

それが感じられるなら、
ネットを利用しての交流も、立派な交流です。

(時には、涙が出るほど、悲しい、苦しい、悔しい、腹が立つ…
それでも構わないかもしれません。)



中途半端な私が、ニートと呼ばれる状態を過ごしてる人に
何か言っていいのなら…

もし、何もしたくなかったとしても、

人との交流だけは、試みてほしいです。


数は多くなくてもいいし、「仕事」と呼ばれるものでなくても構わない。


私が このブログで「ニート」について触れたいと思ったのは、

心が閉じてる状態で、

特に 人と交流するのが嫌だから
何もしたくない状態の人がいるとしたら そういった人に

何か感じてもらえたらいいなと思ったからです。


そして、もし、
ニートと分類される立場にいても、
自分なりに一所懸命生きて
ちゃんと自分で満足してる人がいるのなら、
その人を応援したい気持ちがあります。
世間の目は痛いかもしれないけれど、
すべての人間が
「分類上 ニート と呼ばれる人」を批判してるわけじゃないことを伝えたいです。


要は、

「ニート」 といっても、いろんな人がいるのではないか、

ということで、

この考え方は、すべてに当てはめて考えたいのです。


それこそ、「社長」といっても いろんな人がいるでしょう。
必ず立派かどうかは…わからないと思います。

教師、医師、弁護士…

母親、父親…

フリーター、パラサイト、引きこもり…

何かしらの病気や障害がある・ない…

肩書きや役割、分類、いろいろありますが、

それぞれ様々な事情があったりするわけで
人生経験もバラバラ…

年齢だって、あてにならないことも多い。

単純に世の中のイメージで決め付けたくない。


そして、「仕事」「働く」という言葉のイメージもそうです。

会社勤めをすること、とっても立派です!

会社勤めに限らず、職業を持って生きるのは、
どんな職業であれ、簡単なことではないです。

でも、「職業」に分類されることでない

「働き」や「仕事」もありえます。


別に、どこかの団体に属さなくても…


自分にとって、やりがいのある「役割」みたいなものは
あったりして、たぶんそれは、
一般的には
あまり理解されなかったり、認められなかったりする可能性が高くて、
そんなの違うよ!
と言われることも多いと思いますが…


人と違うことをおそれず
どんなに時間がかかっても
自分の信念を貫いて、何か成し遂げようとしてる人がいるなら…

その内容にもよるけれど…

やっぱり敬意を持って応援したいし、


私は私なりにマイペースながら
がんばってゆきたいです。

人に ちゃんと提示できるような
結果を出すことが何よりのこともあるとは思うけど、
結果を出せなくても、出す前から
自分の中で 一つずつ、小さくても実を結ぶのを感じながら
生きてゆく人生もあるような気がします。


私は…
ずっと わかりにくいものを
大好きでいつづけてるから…
こんな私だからの しあわせ があること
もっと もっと大切に
楽しみながら いっぱい味わってゆきたいです。

この味は、この世の中で 私しか味わえない。

広い世の中で
似た味を味わってる人もいるかもしれないけど、

私が味わってきてる これ は、私だけのもの。


そんな感じで生きてても、
人生 構わないと思うのです(*^-^*)



長々と申し訳ありません。
最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございます。

もしも何か感じ、受け取ってくださったとしたら…幸いです♪

この記事へのコメント

サッポロポテト
2008年11月02日 04:27
あのね~
なに上から目線で話してんの?
却下!
お前も十分ニートです!

納税の義務は憲法で制定されてるのでありまして
成人でありながら扶養者で
自分の報酬において納税してないものが

世論を語るなよ
2008年11月03日 15:09
コメントありがとうございます。

世論を語る、というより、
一人の人間として、
誰かの心に何か届けば嬉しいな☆
と思って書いています。
読んでくださった方を不快にさせることは望んではいませんが、結果的にそうなる場合もあると思いますので、どんなことであれ、感じたことを このように ちゃんと書いて伝えてくださることは、私にとっては本当にありがたいです。

サッポロポテトさんのご意見も、もっともだと思います。
成人でありながら親のスネをかじったまま、
自分が汗水流し稼いだ報酬で納税しない人間が増えてしまっては困りますし、国にとっては非常に価値のない存在と見る見方も自然だと思います。
2008年11月03日 15:11
私としては、
もし、動きたくても動けないような心の状態になってる人がいるなら、その人が
今より少しでも元気な明るい心になって
動いてみよう♪という気持ちになれたらいいなあ☆
という願いで、このようなことをしています。
甘えた考えだと思うけれど、
まずは、そこから、という状況の人もいると思いますし、私自身もそのような状態になりがちです。

でも、言葉を受け取ったり、人と交流することで
元気な明るい心になれたり
(*^-^*)笑顔になれてます。

私の書いた言葉が、そのような気持ちを生み出せるかどうかはわかりませんし、正直、自信がないので、うだうだしてしまうことも多いです。


世論というより、人の心や笑顔、
人との交流について感じてることを
言葉にしたい気持ちでやっています。

納税とは別の何かができるよう
もっと頑張らないといけないのですが…

私は私の信じてる道を進みます☆
ご意見、励みになります。
(*^▽^*)サッポロポテトさん、ありがとうございます。
まるさん
2008年11月03日 21:39
みーちゃんこんばんわ♪ハロウィンのかぼちゃ!とってもかわいいですね♪アレ、誰かの手作りなんかなぁ♪中にろうそくとか灯したら、また良さそうッ!!みんなそれぞれの役割がかならずあるんだと思う。ニートとゆう言葉の中にも働きたくても働けない人もいて、単純に楽したいからとか色々。その中には、人の言葉によって自信を失ってしまってる人がいたり、かといって、傷つけた人もマトとなる人が居なかったらどうなっているかわからないし、傷つけるつもりが全くなかったのに、本人の心の持ち方でひとりで傷ついてしまってる場合もあるし・・・。
働かないと働けないってゆうのは一緒にしたらいけないと
まるさんは思います。働かないってゆうのは 適職や転職にであっていないなどで、働けないは、身体の事情や精神的なものからくるものであったりであって、人に攻撃的であったり、こころを搾取したりしてしまう人、まったく心理に興味がない人や価値観の違い・・・などで理解されない場合もあるとは思うけど、ハッキリとした違いは ある と まるさんは思います
すーっす...☆
2008年11月03日 21:54
こんばんは。
振れ~♪~~\(゜ロ゜=゜ロ゜)/~~振れ~♪と意味なく応援。
BUMP OF CHICKENの「ギルド」という歌を聴きながら記事、
読んでみました。
ぼくのそぼは、いきることがしごとです。きょうもあしたもべっどのうえで、こきゅうをしています。ときどき、なみだをながします。そして、ぼくら、まわりのひとたちが手をさしのべる、その行為を引き出してくれる天才でもあります。
まるさん
2008年11月03日 22:02
肩書きや役職など ある人がすべき役割をしていない場合が多いのでは?そんな風に感じます。例えば、上司となった人が、今あたえられた仕事ができなければ、その人をすべて否定する様な言い方をされ続ければ、人はどうなってしまうのかなぁ~って。
会社であれば、自分はどの立場であるのか使命感をもって働けない環境でもあるのかもしれないし。
必ず人は天職に出会えなくても、適職は何かあると思います。
社長であっても、おおきくなればなる程に、たくさんの人の力の積みかせねがなければ、企業は大きくなれない。社長の役割、部下とゆう役割が ハッキリ すでにこの段階である。
お金をもらって働くとゆう感覚と 働いてお金を頂くってゆう感じかたひとつでも 何か変わってくる様な・・・・
ぐるぐるまとまりがないけれど、働かないと働けないは一緒でないと思うし、役職や肩書きのある人は。それぞれの役割として、使命感をもって役割を果たしてくれているのと いないでは
肩書きとゆう カタコトの中にも様々で。 


まるさん
2008年11月03日 22:13
ひとまとめにすると、ひとり ひとりが感謝のこころを持って、人とかかわる ありがとうのこころが広まることで、ニートとゆう言葉自体がなくなるのでは・・・・。と思います。

最近は、アクセサリーの他 手芸もはじました。
ミシンがあるのに チクチクと手縫いで (笑)
お裁縫は大の苦手なまるさんですが けっこうカワイイ作品が
できるんで 楽しみながら 時にはプレゼントして あれもこれも
試行錯誤です♪
好きなことは 身体は疲れても こころは満たされる・・・・
ターシャさんの言葉は コレにあてはまります♪
みーちゃんのハチになる。
みーちゃんはパンプスはいてるのかなぁ~なんてトコがやけに
気になったまるさんでした。


まるさん
2008年11月03日 22:30
世の中には人をだましてお金を頂いてるひとなども 悲しい現実があって、それが堂々と社会の中に溶け込みながら生活をしている人だっているわけで。
あとから気になっちゃって。
職業とゆう中にもこうした現実があるのも忘れたらいけないなぁ~って気になっちゃた(汗)
きれいなコトばかりを教えてもいけないとも 同時に感じます。
2008年11月03日 22:48
まるさん、こんばんは☆コメントありがとうございます。
世間で言われてるニートという「言葉」には、働きたくても働けない人も含まれてるような印象を受けています。
ただ、そのへんを本人以外の人がパッと見てすぐに、その理由・事情等がわかる場合と、そうでない場合があると思うので、そのへん難しいなと思います。
線引きが簡単ではないと。

一般的な分類としては
単純に、心身共に元気で働けるけど「メンドクサイ」から働かない。
というような状態をイメージして指してるのだとは思いますが、
実際にそれが該当する場合と

当事者でないとわからない事情があるのに
ただ「働いてない」事実だけで
自分の周りから責められてしまったり、
自分自身を必要以上に責めてしまい、余計に動けなくなってしまってる人もいると思うし…

私の言葉が、もしかすると本当に受け取ってもらえるかもしれないのは、一応「ニート」に分類されるけれど、その言葉はあまり当てはめてはよくない人達ではないかと思ったりしてます。
2008年11月03日 22:57
まるさんが書いてくれたように、「ニート」という言葉そのものがなくなるのが理想だと思います。

これは「障害者」という言葉にも言えることだと思うし、他にもあると思うのですよね…

とはいえ、きちんと線引いて、分類したほうが
本人も周りも楽になれるというか、
心がホッとする状態になれる場合もあると思うから
このへん考えると、いつも悩みます。

それに、理想に一気に ど~ん♪とは なかなかいかないと思うし…

すべてのことに言えるのは、表面的な見え方だけで判断しきれないから難しいなあと。
あとは私自身に対して、表面的な見え方だけで判断しないよう注意したいし。

常に、基本は 個人単位で見て、その一人一人が
役割とか職業とか、何かしら持ってたりするし、
持ってないと感じてる人も、実は持ってたりするし…
2008年11月03日 23:02
ちょうどいいタイミングで、すーさん入ってくれてて
ありがとうございます。

とてもステキな例を挙げてくださいましたが、

寝たきりの人に生きてる価値がない、
なんてことはないんですよね。

もちろん、長年働いてきた末のこと、
という場合もあるかもしれないけれど、

それこそ、生まれた時から寝たきりのような状態でも、周りから愛を引き出してくれる存在はあるわけだし…

お金はもちろん大切だけど、お金とは直接結びつかない働き、仕事のようなものもあるというイメージです。
2008年11月03日 23:09
私のよくないところだと思うのですが、
話の焦点がぼやけるというか、イメージが広がりすぎて、

いわゆる現実的な「論」として語るには適してないのかもしれないです。

そのうち あらためて、ご紹介したいのですが、サイドバーにある『彼女の名はサビーヌ』という来年公開予定の映画は、人間の「役割」についても、表面的ではない価値を感じさせてくれるというか…
いろんな意味で深い作品です。
2008年11月03日 23:30
いろんな視点、見方がありますよね…

いろんなコメントがありがたいです。

いくら客観的に、と思っても、まだまだ未熟ですし、なかなか主観でしか考えられないので、
みなさんのコメント大変ありがたいです。

現実の良いところだけ見てはいけないと私も思うし、
批判精神のようなものもあっていいと思ったりしてます。

「自分の立場」というものも考えたりしますし、
その際、私のような立場は、
言葉どおり 立場がない ようだったりして…

役割 とか 肩書き という言葉を使いましたが

自分が何者であるかを一言で言えない

というのは「不幸」ではなく、「不便」で、

不便=不幸のようなイメージが増えてしまうと…

悲しいというか、寂しい気がします。


ちゃんと記事にすべきでしたね。ごめんなさい。
2008年11月03日 23:33
私は、単独で存在するには不向きなタイプだと自覚してます。
幸い、自分の適職は知ってて体験してて…

その体験から、あえて いわゆる仕事と呼ばれることは「しない」道を選んでるので、税金等のことを考えると、確かに世の中に対して心苦しさはあります。

お給料を頂く経験をしてたことも、自分の「役割」を感じるのに必要な体験でした。

自分が大きな事できるとは思ってません。

でも、自分なりに ある方向に向かって人生が進んでると感じてるので…
それが私の役割かなと思ってます。

かけはしみたいなにんげんになりたい…☆

去年からずっと抱えてることがあって、それについてブログでは今は書けないですが、世の中のことも、自分なりに考えてはいますが、例えば一人の女性に対して友人でありつつ、そこから自分の「役割」を感じ取る経験をしてます。今の私にしかできないことの一つだと思うし、ある意味、仕事のように感じてる面があります。具体的に書けなくてゴメンナサイ!
2008年11月03日 23:41
私みたいな人ばかりでは世の中成り立たないけれど、
それでも、この世の中に生きる一員として、私には果たす役割があるような気がしてます。

今はそれを頑張りたいです。

他にもいろいろ(*^-^*)

今できることを自分なりに、
後悔しないよう、
悩んだり苦しくなったりしても
楽しみながら生きていたい。

だいすきな人に
ちゃんと笑顔で会えるような自分で生きてゆきたい。

うー!
願いや意志なんかは、どんどん言葉にもしたいし

つい、ここでも書いてしまいました(^^ゞ

コメント欄読みづらくしちゃって(^_^;)

ごめんなさい<(_ _)>みなさま ありがとう♪

サンダルはいてた ハチより(*^-^*)
おばかさん
2008年11月04日 18:45
ニーとが障害者???
働きたくてもはたらけないだ~?

ふざけんなよ
生きるための財力がなければどうすんだ

心療内科では甘えられない社会人が
今日を生きるために必死に治療してるのだよ、君達(;一_一)

きれいごと言ってんじゃねえばかどもが必ずつぶす

バカたれ群衆
2008年11月04日 18:52
仕事をする=普通=偉いとか肩書きではない・・・
バックアップする群衆が同じ類の足りない奴らばかりで
類は友を呼ぶとはよく言ったもんだな~

低能が
めっせんじゃー
2008年11月04日 19:27
類友に癒されてまたしても微温湯に浸かる外道らが
仮想現代逃げ惑う

ネット税を課したなら
齷齪働く人と公平か

働けない=病=しかたない
ふざけんな
2008年11月05日 09:44
まだまだ足りないことばかりですが私も少しは現実を知っています。それもあって自分を責める気持ちがあるし、パラサイトで甘えて生きてることを伏せて何か書くことは卑怯なことのような気がしたので、正直、自分のことをネット上に書くのは怖いと思ったけれどやってみました。

世の中に、いろんな生き方があって構わないと思う気持ちは今もありますが、
確かに現実には、あってはならない生き方もあり、

きれいごとばかり表に出してるだけでは良くないですよね…。

ただ、やっぱり、きれいなことを どんどん出してみたい気持ちが強いです。
2008年11月05日 09:56
このブログは、偏ってると言えるかもしれないです。
私が偏っているので。

そのあたりは自覚してるつもりでしたが、
あらためて こうしたコメントをいただくことができて ありがたいと思います。

生きるために必死の人がたくさんいる現実があるからこそ、ニートやパラサイトのような人は、仕事で稼ぎ納税すること以外でも、世の中で何かすべきではないかと感じて、私なりに試行錯誤しています。

その「何か」は、「世の中」に対して直接的ではないこともあると思うし、私では考えつかないような
いい発想とかもありそうな気がして…

自分自身で浮かばなくてゴメンナサイ!
2008年11月05日 10:01
私では、あまりに力不足なので、
必死でなく生きることができる人がいるのなら、
そのへんを真剣に考えて、
収入を得られなくても 人に喜ばれる動きをできるといいのではと…

甘いかもしれないけど、そう信じて、
まずは自分自身、ネットではなく、現実で試行錯誤してる段階です。私みたいなヤツは、もっと頑張らないといけないです。

頑張りが足りなくて本当に申し訳ありません!

みなさんのコメントに励まされています。
どうもありがとうございます(*^-^*)
2ちゃんねらー
2008年11月06日 00:55
朝も早から投稿でっか~
暇さが目に浮かぶな
朝からネットにカブリツイテ
現実で試行錯誤が笑わすわ(*^_^*)
パラサイトの寄生力はすごいよね
無駄に生きられるから無駄な更新

あなたの幸せ願ってます(*^_^*)
るーと
2008年11月06日 01:24
おたく2ちゃんで随分自己アピールしてまんな~

そんなに萌てんか~??
あははははははははははは~~~
萌中年^^
ネバダから来ました
2008年11月07日 23:44
makeosimigatukitaka
jikokouteibakarisurunayo
ruitomobakadasi
ni-tosyuugatadayouwa

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