こどもの詩

読売新聞(朝刊)に『こどもの詩』という欄があります。

新聞を ざっと目を通して、なんとなく引かれた記事しか読まない私も
この欄は、意図的に探して読むようにしてます。
(たま~に見落としてる日もあったかもしれないけど。
微妙に掲載位置がずれるし…)

2008年1月18日(金)は『けいろうの日』という詩が載ってました。

詩には、毎回、選者(現在、長田弘さん)のコメントが添えられてます。

この日のコメントを以下、引用させていただきます。

本当に大事なものに、理由なんていらない。
笑顔に理由がいらないように。
涙に理由がいらないように。


以上、引用でした。

詩そのものも よかったのですが、
短い詩ですし、そのまんま味わうのがベストでしょう。
詩の全文引用は避けたいので、あえて詩の部分は載せません。
ごめんなさい。(どんな詩かは…想像してみてください♪)

今回は、長田さんのコメントが、あまりに ずばり だったので
ごっそり全部拝借しちゃいました。
(ありがとうございます と、ここでお礼言うのもなんですが…)


こどもは 知識も経験も少ないのに
それでも 真実 を ずばり言葉にしてることがある。

普遍、不偏、不変的なこと。人間に共通すること。

(なんとなく、長田さんも そのへん強く感じたから
今回あまりにも ズバッと言い切っちゃったのかな
と勝手に想ってしまいました♪)


自分の人生と、似てる人生を生きてる人がどこかにいたとしても
同じ人生を生きてる人なんていやしない。

だから 個性 は、あって当然だと思っています。

だからこそ、人を見るとき、できるだけ「あの人は○○だから」と
ある種の分類のようなことはしないで
あくまでも単なる人間として まず見てみたい。

と、思うのですが、なかなかそんなことはできていません。

それこそ、「子供」「大人」と分類しますし、両者には当然
差、違い、特徴等がありますし。


でも、だからこそ、そういった差、違い、特徴等を超えた
人類共通の

なにか

それを見つめてみたい。なんてことも思います。


差、違い等がある者同士が やりとり することで、
かえってそれが見えてくるような気もします。


『こどもの詩』欄では、もちろん、こどもの詩そのものが
とても魅力的なのですが、

寄せられた子供たちの詩を受け取ったプロである選者が
コメントを添える

この やりとり が おもしろい。


大人の読者の詩か短歌なんかの投稿欄
(選者の批評付き)もあるみたいですが
なぜか引かれないので、ちゃんと読んだことないです。
読んだら面白いんだとは思うのですが、
引っ張られたものに反応するのを基本に生きているので…
(無器用で、とろいので、たくさんは消化できないから
摂取しすぎないようにしてます。と、単なる言い訳デス。)


こどもの詩には裏に もう一人絡んでいるのも なんだか魅力です。
詩を書いた子供が幼ければ幼いほど
親の心も実は含まれている。

幼稚園児が自ら新聞に投稿するわけないだろうし
幼児などの詩は、
子供の発した言葉を 親が受け取って(反応・感動し)
いわゆる「代筆」して投稿されているようですから。

小学生、特に中学生の場合は、
本人の意思で投稿してる場合も多いのかもしれませんが
親ではなく学校の先生が絡んでる可能性もありますよね。
「この詩は良いから読売に投稿しましょう♪」と。


つまり、
年齢や立場等を超えて共通する なにか があるからこそ

投稿されるし、掲載もされるわけです。

そして、それを読み、私も共感、反応してしまうことが多い。
(正直、日によっては、
今日のは なんかつまんないなあとか、
共感できない日もあったりしますが…。
詩そのものに対してだけでなく、
今日の「コメント」はさすが♪と感じたり、
え~そんなコメントですかあと思うことも…)


あくまでも私の好みや主観にすぎませんが、

そこに 真実 を感じると涙が出たり、とてもワクワクドキドキする気がします。
(これは、こどもの詩に限ったことではないです)


詩に限らず、言葉というか…
作品単独で見ても楽しめますが、やりとりというか
受け渡しがされてる現場を目の当たりにするのは
やはり面白いですよね。


私は本を読まないわりにブログの閲覧はポツポツするのですが、
記事そのものを読む楽しさはもちろん、
記事へのコメントを読むのが面白かったりします。

ただ…読者が集まるブログでは
管理者さんの人柄によっては読者とのコメントのやりとりが活発で
読むと面白いけれど、かえって
面白すぎて読みづらい場合もあり、苦手だったりもします(笑)

大人の場合、個性が強く垣間見える場合も多いし、
色が出すぎて あまりにゴチャゴチャしすぎると
共通の何かは 逆に目立つ可能性もありますが、
せっかくそれだけカラフルならば
その混ざったまんまを楽しみたいし
共通の何かを見ようとするのがつまらなくなってしまいます。

て、この感覚こそ、もしかすると
ただの私の主観というか特徴というか個性なのかもしれないですね。

私は、人に限らず ひとつのものを
とことんじっくり見つめるのが好きなほうだと思います。

特に、引っ張られる感覚を感じる場合は。

これは…

理屈じゃないんです、まさに。よくわかんないけど、
理由なんていらなくて、
独特というか特別 引かれる感覚をもらったら
それを大事にしています。
そうして生きてきて後悔したことはありません。
楽しいばかりでなくても。辛い思いをしたとしても。
(人を好きになる、なんて、まさにそうですよね…)


私は言葉が好きで、あと、ことばあそびみたいなのも好きです。

これも、理屈や理由はどうでもいいです(笑)
とにかく、私にとって、大事で、真剣に接したいものなんです。
真面目に遊びたい感じなんです。


ヘリクツかもしれませんが、
私が年をとるごとに、だんだん本を読めなくなってることも
「私にとっては」理由はいらないかもしれないです。
(実は…本を読まずに思考したり文章書いてることが
コンプレックスだったりもしてるので…
と、なんか、こうして書くことで、無理矢理、言い訳してるというか
理由を誤魔化してる感じですね、我ながら…
ただのバカでいいです。エヘヘ。)


昨日は、ふと、
アルジャーノンというか、チャーリーのことを
記事にしたいと思っていたのですが、
有名なこの作品、やはり本は読んだことないんです。
(文庫本買ってあるけど…)
原作読んでないのに書くのは気が引けて…
ラジオドラマと舞台と、あと何年か前にやってたテレビドラマを
味わったのみでして。

なんとなく、書きたかったことは繋がってる感じだし…
こうして今は、
こどもの詩について書きたくなったので書きました


長くなってすみません…
(読んでくださった方、ありがとうございます。
ほんとは声でお伝えしたい気持ちなんですけど…
諸事情によりゴメンナサイ!)

★むねでなることばをおとでつたえたい★

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